【コラム】日本学術界に足りないものを足す方法

前回の続きです。
【コラム】日本の科学者がもの作り中毒になってしまう理由


その前にまず私にとっての問題解決のプライオリティーを書いておきます。

私にとって一番大事なのは、全ての科学者が幸福感を得るにはどうしたらよいかというものです。一部のいす取りゲームに勝った人だけでなく、それらに負けた人もテクニシャンもみんなが科学に取り組んでいて良かったと思えるような状況を作ることになります。

よって、日本の科学の発展具合や生産性の向上を直接的には目標にしません。しかし、みんなのモチベーションが高い位置で維持されるならそれらは自然とついてくると思います。誤解して欲しくないのは別に社会主義的に平等主義的にお金を配るとかそういう話ではないということです。


さて、本題ですが、できるだけ短く書いてみます。
ophitesさんが指摘してくれたように無駄が多い申請書、実績でしか評価されない予算申請などにより研究者が研究費は自分で稼いだお金と錯覚してしまうという問題がありました。

元々は税金なのですから、それは別にその研究者個人のお金ではありません。よって、もっと税金であることを意識せよという話かと思われたかもしれませんが、実はそうは考えていません。システムの問題でそう感じてしまうわけだからそれは防ぎようがない問題だからです。

それよりも金を稼ぐという感覚があるということはそこに市場原理が働いているということの査証でもあり、それをより有効に働かせる余地があるということでもあるからです。


もう一つの目標があります。そのヒントとなるのが、下記のコンセプトです。
【コラム】世界の常識をひっくり返す


日本の学術社会の問題を解決する方法として欧米のシステムを導入するべきだという論調がよくあります。例えば、より良い業績を残した人には年収5000−3000万、駄目な人は500−300万にするといった案です。しかし、特許が当たってマネタイズ出来たお金を分けて貰えるならわかりますが、業績だけでそれだけの収入を得るのは日本の社会通念上受け入れられないでしょうし、より大きな問題を生む可能性がはらんでいます。そもそもお金のために研究しているわけではないので、その手のニンジンはせいぜい年収の20%程度に抑えるべきでしょう。


【コラム】日本人研究者の一番の問題点

【コラム】日本の科学者がもの作り中毒になってしまう理由

で指摘したように科学の本来の在り方は斬新なアイデアをいかに効率的に証明するかであり、マテリアルや方法論実験施設にとらわれるものではないということです。

大雑把に見ると、下記のような状況です。(分野によって当てはまらないところもありますし、あくまでそういう状況があるところもある程度に考えてください。)
方法論で分かれているアメリカ(マテリアルが横に流れやすい)
マテリアルで分かれている日本(方法論が横に流れるが、そのコストが膨大)
そのため日本はマテリアルを貯め込み過ぎています。

科学に必要な3要素で考えてみると、アメリカで重要視されているのは
イデア > 方法論(実験施設を含む) >> マテリアル
となります。その人のコンセプトを一番重要視し、それをサポートするために周りが助け助けられるという状態です。尚、どんなに良いアイデアがあっても、その基礎的な部分を実行出来る実験施設がないと説得力が持たせられないので1番目と2番目は多少セットになる傾向があります。ビックラボが勝ち続けるのはそういう事情があるからです。一方、マテリアルは自由に行き交います。

一方、何でも自前主義の日本は
囲い込まれた実験設備 > マテリアル > アイデア
税金で揃えた実験設備であるにもかかわらず、同じく税金で雇われ、税金を使って実験をしている他のラボに人を受け入れるような雰囲気ではありません。
マテリアルに関しても、もの作り国日本の風土からマテリアルは我がの研究費を稼ぐための虎の子であり、相手のメンツを立てるステップを踏まないとおいそれとは渡してくれません。アイデアが疎かにされているわけではないのですが、そんな蛸壺的な環境からついつい自分の実験施設で、すでにある、もしくは作ろうとするマテリアルだけで何とか仕事をしようとしてしまい、目的のための手段でなく、手段のための目的となりやすいです。
何々があるからそれを使って実験しようという話はたくさんあると思います。
ゼロベースで考えて何かを解決しよう。そのためのマテリアルを探し、それが使える実験施設を探そうというステップが踏まれることはまずないと言ってよいです。まぁ、ゼロベースはさすがにアメリカでもなくて、方法論に引っかけたテーマ策定が多いですが、そこにマテリアルの制約がかかるのが日本です。

このマテリアル重視はもの作り国日本の遺伝子にすり込まれた習性ですからどうしようもありません。そこで、もう一つの目標は欧米型を目指すのではなく、マテリアル重視の精神性を活かした日本独自の科学環境。それも、欧米の科学者が羨ましがるほどのシステムは作れないかということです。

そのためには今の蛸壺化を打開しなければいけません。
つまり、外にマテリアルを出すほど評価される仕組みが必要ということです。

以下は具体的な案ですが、同じような効果があるなら別の方法でも構わないと思います。

まず、謝辞も含めて論文に名前が乗りうる人全てが登録出来るリサーチマップのようなソーシャルを決めます。
http://researchmap.jp/

そこにマテリアルバンク、実験設備バンクという情報リソースを立ち上げます。
論文ですでに発表しているものは世界中からアクセス可能にし、未発表のものはアカウントに入った人しか見られないようにします。

それぞれのバンクに登録されるものは、マテリアルバンクなら、例えば、c-fos発現ベクター、p53ノックアウトマウスといったもの全てでコマーシャルに発売されているものも登録可能とします。登録は作った人、および売っている会社がして、簡単に用途を説明する欄とベクターなら配列情報、さらに詳細な説明をしている外部リンク先を貼れるようにします。そして、それらマテリアルを作った人とその指導教官も付記します。

実験設備バンクの方は主に実験機器で、コンフォーカル顕微鏡、NMRなどです。これもその設備や機器を申請した研究者名を付記します。リサーチマップ上のアカウントにリンクも貼ります。

これらのバンクの情報から、自分が実験している大学や研究所の近くにどんな実験設備があり、実験に必要なマテリアルが全国にどれだけあるかが簡単に把握出来るようになります。

さらにそれらを使って実験をし、論文になった際に貸し出した方、借りた方、あげた方、貰った方双方に同じだけのポイントが付くようにします。
オーサーシップは要件としませんが、捏造や嘘の報告を防ぐために謝辞もしくはギフトのクレジットが論文中にないとカウントされないようにします。論文中からそれらの名前を自動抽出することは技術的に不可能ではないはずなのでできればPubmed IDだけで登録出来るようになることが望ましいです。もちろん、上記技術で自動登録が出来れば尚よしです。

アカウントを持っている人は予算申請するかどうかの意思表示を毎年して、さらに所属する研究機関とラボを指定します。過去5年以内の業績に対しるポイントを加算し、それぞれのラボに所属する人のポイントの総和を求めます。
業績による予算配分とは別にこのポイントに比例した予算を基礎の予算として各ラボに配布するようにします。規模的にどれくらいの予算が望ましいのかわかりませんが、例えば、100億とか1000億とかでしょうか。もっと多い方が良いかもしれません。それが業績の高い低いにかかわらず、互いに協力し合ったかどうかに対して予算が配られるという仕組みで、そのポイントを稼がないと自由度の高い基礎の予算が手に入らなくて困る程度の金額に設定します。
すると、人数が多いラボが多数の名前を著者にした論文を発表することでポイントが稼げてしまうので、同じラボからのポイントは1/5とかに割り引いても良いかもしれません。

日本ではほとんど仕事をしていないのに人間関係だけで論文に著者として名前が載ることが問題になっています。これも、別途リサーチマップの論文データベースに追加情報として、著者や謝辞に載っている名前の人の役割を簡単にセレクト出来る仕組みがあると良いかもしれません。
実験発案者
予算獲得者
直接的な実験指導者
実験実行者
実験補助者
追加実験提案者
議論した相手
論文執筆者
論文修正者
などです。政治的に名前が入っただけの人は「議論した相手」などに割り振られるので自ずとその貢献度がわかると思います。


元々税金で構築したシステムであり、マテリアルなわけですから本来なら日本の研究者であれば誰もが使って良いはずです。また、色んな実験技術、実験マテリアルを使えば使うほど学際的な仕事となり、評価が上がりますから最終的には日本全体の業績が底上げされるはずです。

マテリアルに関するオーサーシップに関しても、同時に登録可能にします。つまり、オーサーシップを要求するのか、謝辞でよいのか、ギフト先だけの表記でよいのかを登録します。同じものが多数登録されている例えば、p53発現ベクターなんかはギフト先だけの表記の人が選ばれるでしょう。逆にFRET技術など特殊な技術はオーサーシップが貰えるようになります。しかし、この予算ではそれらは一括して同じ価値として計算されます。

他人のマテリアル、実験設備を使えば使うほどポイントが貯まりますし、あげたり使わせたりするほどポイントが貯まりますから自ずと学際的な動きが出るようになるはずです。

さらにそれで得たお金の使用に関して自由度を高め、給与にも使えるようにします。
もの作りにはまってしまった人もそのマテリアルが必要な人に渡るようになるので無駄になりにくくなりますし、給与としてキャッシュバックされる可能性が増えます。

すると、コアラボのようなものを立ち上げた人がこの予算を獲得しやすくなるのがわかると思います。マテリアルを中心にするか、技術を中心にするかはそれぞれですが、何かアイデアが浮かんだとき、それを実行するためのマテリアル、技術が簡単に、しかも相手も喜んで提供してくれる環境はまさに欧米の科学者も羨ましがる環境ではないでしょうか。しかも、もの作り国日本ですから、マテリアル作りに専念する人が食べていけるようならものが手に入らなくて実験出来ないという今の悪い環境も是正されるはずです。

そのためにも、このポイントをベースとした予算はかなりの規模である必要があります。
また、論文化されないとポイントが加算されませんから、とにかく論文を書くというインセンティブにもなりますし、高いところを目指しすぎて腐るということも減ると思います。