【コラム】一般的には小児の方が放射能に強い

時々ニュースやtwitterで「子供の方が放射線の感受性が強いので、子供の方を注意して守るべき」みたいな論調を見かけます。


確かに細胞分裂が盛んな子供の方が、染色体がゆるんでいる状態になっている時間が長いので、その間は言わば、甲や防具を脱いだ状態ですから放射能の攻撃を受けやすい状態ではあります。また、体積も増えていますからその分アタックされやすいとも言えます。



だからといって、子供の方が放射能に弱いわけではありません。


一番わかりやすい例は、子供って癌にならないでしょ。
子供癌保険なんて聞いたことありますか?(あるかもしれませんが…)


まず、最初に癌発生のメカニズムについて簡単に説明します。


癌はDNA傷害からDNAに変異が発生し、さらにDNA修復機能を免れたものが発現蛋白質に異常をきたして、それらが積み重なって癌になります。



但し、癌化を引き起こすDNA変異は全ゲノムの0.0002%程度(誤差は±一桁くらい)だと考えられます。



【コラム】放射能から守るべき遺伝子の塩基数はどれくらいか? - AMOKNの日記


また、一般的に一カ所のDNA変異で癌化するのはレアなケースでほとんどが多段階のステップを踏む必要があります。


多段階のステップを踏む間に、それが修復されてしまったり、また、致死性のDNA変異が入って細胞がアポトーシスで死んでしまったり、異常細胞として免疫細胞から殺されてしまったりするので、実際はなかなか癌は出来ません。


下記の図でGroupと書いてあるのは、ある細胞機能に関わる蛋白質群という意味です。



癌化のメカニズム.jpg


子供が全く癌にならないかというとそうではなくて、恐らくステップの少ない癌が小児癌になりやすいものだと考えられます。特に白血病が比較的多いです(子供だけの癌ではなくて、大人もなります)。


とはいえ、普通、健康な人が癌のことを心配し出すのは大抵50歳を過ぎてからです。
実際、ほとんどの癌は50歳を過ぎてから急に増え始めます。
例えば、胃がんだと10万人に対して、30代で4.8人が、60代で287.3人に増えています。


http://igbwrsperv.com/2011/02/post-25.php



もし、単に多段階ステップを踏むだけで癌化するのであれば、本来なら確率の問題だけなので線形に近い形で増えるはずなのにそうはなっていません。


これこそが、子供が放射能に強い理由の秘密です。




その理由はDNA修復のWikiを見ても読み取れません。
DNA修復 - Wikipedia



DNA修復機能は二つに大きく分けることが出来ます。
常に傷害を探していて、見つけたら働けるものとある特定のイベント時のみ働けるものです。


簡単に分けてみると、下記のようになります。

  • 常に傷害を探していて、見つけたら働けるもの
      • 損傷の直接消去
      • 塩基除去修復
      • ヌクレオチド除去修復
      • 一本鎖切断修復
      • 組換え修復
      • 非相同末端再結合
  • ある特定のイベント時のみ働けるもの
    • 転写時(遺伝子が発現するときのこと)
      • 転写に共役した修復(TCR)
    • 複製時(細胞分裂するときのこと)
      • ミスマッチ修復
      • 校正修復
      • 相同組換え
      • 非相同末端再結合
      • 複製後修復(PRR)
      • 損傷乗り越え複製(TLS)

これらのうち、放射能によるDNA傷害を修復する主な機構を青でラベルしています。
http://asrc.jaea.go.jp/soshiki/gr/mysite5/index.html


これらの中で、圧倒的な修復精度を誇るのは、DNA複製時の修復です。
DNA複製とは細胞分裂時に起こるもので、分裂前のゲノムはRAID1をハードディスク4つで組んでいるようなものだと以前説明しました。


その精度が悪いと、次の世代や、各臓器が全く異なる働きをする多機能なほ乳類の生物機能は維持出来ません。それはHDDのコピーと全く同じです。


そのため、そのエラー率は10の6乗から8乗くらいで、他の修復機能が3乗や4乗のオーダーくらいなので、圧倒的な高機能であることが分かります。


ちょっと待って!!、ゲノムの塩基数は30億なので、10の8乗でも30個エラーが入るし、6乗だと3000個エラーが入るじゃんと思った人は正解です。


それらは他の修復機能でカバーされることもあるし、仮に残ったとしても、ゲノム上の遺伝子情報は5%程度なので、当たり所が悪かったら細胞死になることがほとんどなのです。もちろん、癌化につながる0.0002%に当たれば、癌化がワンステップ進むことになります。




ここでさらに具体的に細胞の活動のステップを説明すると、
増殖していないときゲノムのDNAはヒストンという蛋白に巻き付いていてさらにそれが螺旋状に絡まって密着しているため体積も非常に小さく、さらに様々な修飾蛋白質も結合しているので、この時が一番安定な状態と言えます。神経細胞など成熟した細胞、もしくはもう増殖出来ない細胞はこの状態です。


そうはいっても、常に新しい蛋白質を発現しないと細胞機能は維持出来ないので、一部の遺伝子が転写されるとき、このゲノム構造はその部分だけほどかれて、DNAからmRNAが作られます。


さらに細胞が増殖するとき、染色体が丸ごとコピーされて2倍に増えます。その後、細胞が分裂するときには核膜も無くなりますから、一番無防備な状態とも言えます。だからこそ、この時の修復機能が一番性能が良くなっているわけです。



さて、子供の体はどんどん大きくなりますよね。
つまり、体のほとんどの細胞が増殖しています。つまり、もっとも精度が高いDNA修復機構をフルに活用出来ていると言えるわけです。


老人になると、ちょっとずつ体が小さくなっていくのは、細胞増殖が出来ないからで、DNA傷害でアポトーシスになった細胞のあとを他の細胞の増殖で埋めることが出来ないからです。また、増殖時のDNA修復を使えない分、癌化のステップは飛躍的に進みます。


そう考えると、内部被爆放射性物質を体に貯め込むと、老人になったとき、癌になりやすいのではないかと考えるかもしれませんが、統計上それほど大きく増えていないのは、そもそも細胞は通常の状態でも、放射能による影響を遙かに越えるDNA傷害を引き起こしているからです。(長くなったのでこれは次回説明します。)



ということで、放射能で子供がなりやすい癌というのは大きく分けて二つ。これら以外は子供の方が大人よりも強いと言えます。


成長の過程で、臓器の特性により放射性物質と同じ元素を偏って取り込む臓器の癌
例)甲状腺


いくつかある癌化のメカニズムの内、ステップ数が少ないタイプの癌
例)白血病の一部



甲状腺癌に関して言えば、ベラルーシ共和国だと10万人に対して10人まで増えた程度です。
原発事故で避難している人が15万人として、子供の数を20%としても、そのうち、自然発生甲状腺癌が0..03人から3人に増えたという程度です。しかも、ベラルーシ共和国と違い、ある程度対策は取れるし、実際はもう少し少なくなるでしょう。



3人だから大したことはないというわけではありません。
たったそれだけなら、もう少し効率の良い対策の立て方があるということです。(これも次の次くらいのエントリーで解説します。)


ちなみに交通事故による死亡者数は10万人に対して9人。
白血病は10万人に対して6人。
胃がんだと、平均すると10万人に対して90人。
思春期以降に発症する統合失調症は10万人に対して1000人くらいです。