【コラム】今、日本に求められているもの

東電は何故今回のような予想外のリスクを恐れて細心の注意をしなかったのでしょうか。



ただでさえ、小さい事故が頻発していたわけだからそれらの情報を全部吸い上げて、常に将来のリスクを想定して、本当の意味での再発防止をしていけば、今回のようなことにはならなかったわけです。



下請け会社にも隠蔽するインセンティブが働いていたようなので、例えば、同じ作業を二つの会社にやらせる。今までだったら何かミスがあったらその会社は仕事を受けられなくなるので、失敗を隠そうとしていましたが、失敗ではすぐには契約解除や更新なしにはしないようにします。その代わり、二つの会社に相手の会社のミスと自分の会社のミスを報告させて、仕事量を6対4くらいに割り振るようにするというのもありでしょう。その際、ミスの量ではなく、自分の会社のミスを過小評価している方を低評価扱いするとあらかじめ了承しておけばよいわけです。ミスが出るのは仕方ない代わり、それをちゃんと評価出来ている方を信頼するようにするわけです。で、何年かおきに入札制度で片方を入れ換えます。



いずれにしろ、行政と電気会社と技術者、科学者、およびマスコミがリスクマネージメントを誰もやらないシステム上の設計ミスを互いにリードしてきてしまったわけです。



こういった日本のハイリスクをローリスクに過小評価する、もしくは直ちには影響しないリスクを無視して大きなリスクを生み出す仕組みは、ひいてはクビになったら人生終了という日本のシステムに起因します。



チャレンジすることで、失敗したら左遷、降格、クビとなり、再雇用もないとすると問題がありそうでも、今まで通りのやり方を通すことで対応せずにやり過ごす。その時、問題が起こらないと、それで何とかなったという実績が積み上がり、何もしない方が利益が上がるという間違った判断になってしまいます。



さらに時間が経てば経つほど、誰も責任を取らなくて良いようなシステムに落ち着くという側面もあります。
それぞれのステップで自分がリスクを取らない選択肢を選んでいくうちにそうなってしまうわけです。



結局、リスクを取ったときにリターンが大きくならない社会であるため、リスクを取るメリットがないから、リスクを取らない代わり、リターンも諦めるということになっているのでしょう。しかし、実際はリターンのチャンスを見逃し、リスクを貯め込んでいるので、いつかその大きくなったリスクが爆発してしまうというわけです。



会社でもそうかもしれませんが、アカデミアでも、アカハラで毎年沢山の学生さんが自殺に追いやられていますが、全く表には出てきません。死人に口なしで、家族は大学で何があったかなんてわかりません。鬱病になった学生が勇気を持って、大学のアカハラ委員会に訴えても、聞き取り調査でラボの人間は誰も本当のことを言いません。もし、教授がクビや降格になったら、自分の研究も続けられなくなるからです。また、後での報復人事が怖いというのもあります。何せアカハラ委員会には他の教授もいるでしょうから、情報が筒抜けになる可能性があります。



これも、大学なり、会社を辞めてしまえば、アカハラパワハラ上司から逃れられるのに、再雇用再入学というリターンがないから、辞めるというリスクを取らない結果、自殺を選ぶところまで追い込まれてしまっているわけです。


東電の例で言えば、多少業績が悪化しても、震災に対する設備投資、および最新型の原発に交換する投資を行っていれば、今回のような惨事にはならなかったわけです。しかし、業績が悪化するというリスクを取ったときのリターンが見込めないからやらないとなったわけです。



また、下の人をチャレンジしないヒトばかりにすることで数字が読みやすくなるというのもあります。大きな失敗をしないけれど、大もうけも出来ない仕組みです。



こういう閉塞感のある日本の社会の仕組みが怖いのは、大きなリスクをどんどん育ち、それを子供や孫世代のつけとして回すことです。
東北の復興費用、少子化対策、足りない年金資金、まもなく1000兆を越える国債、単純計算で12兆を越える高濃度汚染水処理、これらに必要なお金はとりあえず、今権力を握っているいる人達は負担をしなくて良いように設計されます。みんなが満遍なく負担すると言いながら、一方で月々30万以上の年金を貰っている人達はそれを減らそうとはしないでしょう。



また、実は既得利権層は人生いつでもやり直せる構造もセーフティーネットとして完備しています。但し、既得利権に反抗するようなことをしなかった人達に限ります。天下りが一番わかりやすいですが、そうでない平の社員であっても、仕事を辞めた後、普通の学生が就職したくても中々出来ないポジションがあっさりと昔の仲間内のつきあいで回ってきます。


リスクを取らずに成長することも諦めつつも、自分の当面の利益だけは確保しようとするのは、確かに短期的には合理的ですが、自然に積み上がったリスクが爆発してとんでもない惨事を招き起こすという事態がこれから連鎖的に起こってくるのが今の日本の置かれた状況です。



これらを打開するために、二つの方向性があります。



ひとつは真っ正面から、「人生いつでもやり直せる社会」の構築を目指すことです。
これは政治主導でないと、実現不可能です。また、仮に実現したとしても、それは競争+コネの社会であり、死ぬまで競争、それでいて就職にはコネが効くというかなり肉食系の社会です。恐らく、ほとんどの日本人は嫌がるでしょう。



もう一つは既得利権を破壊していく方法です。破壊の仕方も徹底的に全部ぶち壊すやり方から、盲点を突いてスモールビジネスで出し抜くというやり方まで色々あります。前も書きましたが、今の日本のように硬直的な社会の方がこの方法はやりやすいです。
ここのちきりんの日記にある(1) 創る人 (4) 考える人 (5) 破壊する人をまとめて実践する方法で、言わば破壊的イノベーターになるということです。
2006-02-01


泥船のごとく、沈んでいく日本経済の中でずぶずぶと一緒になって沈んでいきながら、第2の小泉純一郎、しかももっと強力な政治家を待っていても、埒があきません。


恐らく破壊的イノベーターになるチャンスがある人が全員チャレンジするくらいじゃないと、日本経済や政治が機能不全を起こしたときの受け皿になり得ないでしょう。