【コラム】高名な科学者の意見はポスドクを路頭に迷わせる

サイエンス関係はあまり書きたくないのですが、ネタがまだ3,4本あるので書き上げておくです。

よく高名な科学者がコラムをウェブや雑誌に書いていることがあります。
そのほとんどが、タイムリミットぎりぎりにセレンディピティを発揮出来た俺の努力スゲー伝説です。

セレンディピティを発揮するには、第一義的には運なのですが、その運の確率を上げるためにはチャンスに巡り会える回数を上げる努力と予想外の結果に辿り着くために無意識もしくは意識的に無駄なことを合わせてする本質的なセレンディピティの能力です。

最後の能力は言葉にしづらいのと、そもそも結果論でしか評価出来ないのであまり話題になりません。また、論理性を求めるサイエンスとは真逆の発想ということもあります。

そこで、簡単にわかってもらえる努力が推奨されます。
よくあるのは、ネガコンポジコンをちゃんとして実験回数を出来るだけ減らすようにしなさい。効率良くしなさいという意見です。また、論理的に意味のある実験を組み立ててしていきなさいという意見も出ます。

これらの意見を本当にちゃんとこなすと皮肉なことにセレンディピティの確率は0になります(笑)だって、予想外、予測出来ないところにあるからセレンディピティなんですもの。

予測出来る範囲の仕事をどんなにきっちりしても、そんな仕事はほとんど評価されないのがサイエンスです。それでも、それなりに回っているのは、予測出来ない結果を検出する実験技術があるからです。

また、高名な科学者はよく言います。「研究以外のことをしている奴は大成しない、もっと研究に専念しろ、もっと努力しろ」と。

これぞ、まさに殺し文句です。

自分がそうだったからこう言っているわけですが、同時に上司や自分にとって目上の先生が「研究にもっと専念しなさい」とアドバイスしてくれたからこそ今の自分があるわけであり、あれだけ努力出来ましたとは決して言いません。つまり、直接的なアドバイスのおかげで成功したというより、俺の努力が凄いから成功したという筋書きのことがほとんどです。ということは、成功している人は他人の意見なんか参考にしていないということです。

もちろん、昔の上司が凄かったと言うことはありますよ。でも、同じように努力した人のうちどれだけの人が討ち死にしたかは触れられません。それは必要条件かもしれませんが、十分条件ではないわけです。

ということは、誰が彼らの意見を参考にするのか?
アカデミックポストに残れるのは恐らく数%程度でしょう(20%というデータもありましたが、印象としてはもっと少ない)。そういう人は上記のような人達に入りますから実は全くアドバイスを必要としていない人達となります。つまり、高名な先生の意見を拝聴し、参考にするのは実はアカデミアに残れない人達なのです。

そういう人達に対して、研究で大成したいなら子供を作るなとかいうのはまさに地獄に堕ちろと言っているようなものです。1−2割の人しか残れないのなら、残りの8−9割に入ることを考慮して、7−8割の時間を研究に割き、それ以外の時間をアカデミア以外、もしくは関連事業へのステップアップのための投資時間とするようにするのが、正しいリスクマネージメントであり、論理的な行動です。

しかも、日本人の場合、この行動原理はサイエンスにも効果があります。本来自分が出来る仕事の7−8割しか時間が割けないわけですから、他人に任せられる仕事、他人の仕事で省略出来ることはちゃんと省略する自前主義からの脱却、本当のサイエンスへの道が自然に切り開けるわけです。


6時には帰るようにして下さい。そんな言葉をかけられるPIこそが真の教育者と言えるでしょう。その言葉は、アカデミアに残れる人も残れない人にも通用するからです。